Thursday, January 24, 2008

アンデルセンのユーモア

人の言葉を何もかも、
額面どおりに受け止める人はいないだろう。
話し言葉にしろ、書き言葉にしろ、
すべての言語表現は
多くの隠喩や反語的表現を含む多義的な存在といえる。

良い意味でも、悪い意味でも、
私達は「僅かな言葉」を手がかりにして、
その奥底に秘められた意味を解釈したり、
その逆に、
重ねられた多くの言葉の中から、
まるで藁の中から一本の針を探すように、
たったひとつの真実を見つけようと努力している。

アンデルセン評論の第一人者、ヨハネス・ミュレヘーヴェは、
著書「アンデルセンの塩」の中で、アンデルセンのユーモアを
 
 『容易に見分けられるものではなく、
 構想、語調、シンボル、そして行動様式や確信の中にある』
     
と言っている。これは、まさしく、
私達の現実の世界に起こっている様々な出来事と同じである。

私達は、
相手の発する言葉、そして振る舞いの中から、
水底に浮かんだり沈んだりする一片の真実を見つけようと、
躍起になって生きている存在であり、
その真実を見つけようとする力こそを
わたしたちは
「想像力」とよぶのである。

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